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ピアノ妖怪 





×月○日発刊の週刊現代文芸、社会欄の見出しにはこうあった。

『盲目のピアニスト小村治さん 第13回バン・トレビアン国際コンクール優勝に際し独占インタビュー』

ある日突然子供のおもちゃ売り場に現れた盲目のピアニストの小村さんは、十五歳になるまで孤児院で育てられた。それ以降は按摩師としてマッサージ店で十年間勤めていたという、異色の経緯の持ち主。

彼の演奏について、平成のモーツァルト木田次郎氏はこう語る。

「なんというか、彼の演奏からは〝渇望〟と云ったような、感情や情熱を越えた、生命の雄叫びのようなものを感じさせられます。本来、言葉では伝えられないものを表現して伝えるのが絵であり、音楽であり、それを我々のような人間は芸術と呼んでいるのですが、盲目である小村氏の指先から放たれる音色は、もはや芸術というものの域を越えて、感情の雄叫びそのものへと昇華させられていると感じさせられてしまいます」――



小村治によるピアノコンチェルトは、日本全国方々あるシンフォニーホールから、まさに引っ張りダコであった。

噂が噂を呼び、伝説が彼自身の人物像を神の域へと育て上げていく。

小村の日常もそれに伴い変わっていった。これまでのような四畳半の狭い部屋に孤独と二人で棲んでいた暮らしぶりが、まるで嘘の様だった。小村が所属した楽団や契約しているレコード会社の取り巻きたちは、小村のことをまるで骨董品か何かのように丁重に扱った。

住まいには朝から夕刻までの出番と、そこから明け方までの二度に分けて応対してくれる女中が二人ついた。

小村には彼女らと肉体の関係を持つことを事前から赦されており、女たちは小村が望むときに覆いかぶされば、二人とも従順な手筈で体に反応を示してくれるのだった。

金はしいて望まずとも湯水のように流れ込んできたし、食い物は毎日贅沢の限りを尽くした。いちじき、あまりにも金の遣いどころに迷ったため、世話になった孤児院に1億ほど献金を施してやったことがあったが、そういった行為が更に小村の名前を世に轟かせ、彼の作る曲を知る人ぞ知るといった程度の次元へ押しとどめることなく、絶え間なく金を運び続けてくれる。

自分が小村治にとって産みの親なのだと名乗り出てくる者も、月に数人は現れるようになってきた。

つまり、望めば親でさえ自由に手に入るところにまで小村は来ていた。

「あ、は、は、は」

ときおり小村は女中二人を侍らせた格好で、そのように高笑いを天井に向けることがあった。その都度、裸の女中たちが怪訝そうな顔をうかべ、お互いの表情を確かめ合っている様子が伝わってくる。しかし小村にはよく理解できている。女中たちが求めているのは小村に入ってくる金なのであって、小村自身が狂人へと変わり果てていたところで、実害さえなければ今の暮らしを維持することに首を横に振ったりはしないはずなのだった。

女ばかりではない。彼を骨董品のように丁寧に扱う人間は、皆、彼が曲を作ったり、演奏をしたりすることを止めたりしなければ、今と変わらない暮らしぶりを彼に提供し続けてくれるに違いないのだ――。

ある日、またあの声が聞こえた。


――続く。

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