カマイタチとノヅチと
第5話
 「お面妖怪」   ケケケ

  

○県警△署交通課に勤務する有田武雄は、このところいかにして己が警察官という職に就こうと思うに至ったのか、改めて思い返そうとしてみては自問自答する日々が続いていた。

有田武雄の父親はもともと事業をやっている人だった。母親はそこで元秘書をやっている人だったと聞いたことがある。父親の会社は武雄が高校へ進学する頃までは羽振りよく稼働していたが、彼が私立大学へ進学した頃にちょうど倒産してしまった。有田武雄が大学を中退したのには、そういったやむを得ない家庭の事情というやつが隠れている。

甘えるつもりは決してないのだが、以来、有田武雄は常日頃から自分が充分な養分を蓄えることができずに脱皮することを余儀なくされた存在なのだという思いがどこかで重りとなるようになった。日頃から世間により下される自分の評価が、自分の自覚しているラインよりもかなり下回っている原因について、その大半が大学を中退せざるを得なくなった旧い経緯に潜んでいるような気がしてならないのだ。

大学を中退したのち、彼が多種ある職業の中から、特に警察官という仕事を選んだのには、思うにおそらく次の二点の主立った理由があったように考えられるのだ。一つには、民間の企業のようにあわや倒産する危険は考えられないうえ、安定した収入と法定通りの休暇を得られるからである。二つには、単なる役所勤めや民間の企業勤めでは、経営者にでもならぬ限り、かつて父親がそうだったような凡人の上に権力の指揮棒を揮う特権を得ることはできない――。

○県警▽署は秋の交通安全月間を迎え、彼の所属する交通課では、道路上における取締りを更に厳しくさせる方針で固まっていた。しかしこの不景気な世情では、流れや道路の広さに沿って運転しているだけで発生してしまう無意識な速度違反や、もはや街の利便性そのものを害しかねないほど手厳しい駐停車違反の取り締まりに遭った被疑者は、不本意に罰金をとられたことへの非難を署への怨嗟の電話や、インターネット上への容赦ない書き込みで糾弾してくる。

しかし警察の権威も一時に比べると格段に堕ちたものだった。時代のせいなのか、これはもはや警察の地位そのものが墜ちたことが原因なのか。

制服姿でパトカーに乗っている交通課の警察官程度が相手では、最近の一般人は少しも怯んだりはしないのである。

「そりゃあそうさ、有田巡査長、だって、君は、たった五キロ程度のスピードオーヴァーで、いちいちサイレンをかんかん鳴らしては厳しく逮捕して回っているのだから。そんなことでは、どうしても善良な一般市民との軋轢を避けるわけにはいくまいよ」

「いいえ、巡査部長殿。奴らはこれぐらい厳しく取り締まってやらないと、理解せぬのですよ」

「理解とはなにをだね」

「もちろん交通法規の大切さというやつです。これぐらい締め付けてやらなければ、自己管理のできない一般人には、本当の意味での事故抑止力というやつは生じぬのです」

「ぐ、む……。しかし、日ごろから君の方針は、少し、ね……」

「いいから、僕にパトカーの鍵を預けて、巡査部長殿は、後ろの座席で居眠りでもしていてくださいな」

「ぐむ、しかし、くれぐれもやり過ぎには気をつけるのだぞ……ぐぅ」

「はい、死ぬまで寝ていてくださいな」

たしかに有田巡査長の検挙方針には、もとより度が過ぎる部分があるにはあるのだった。

「まったくふざけていやがる」

「どうかいたしましたか有田巡査長殿」

「どうしたも、こうしたも、こいつら、まだ反則金を納めていないのだ」

「ああ、それって、有田巡査が違反切符をきった、違反者たちでございますな。彼ら、うっかり忘れてしまっているのではありませんかな、反則金のことを。未納の場合は通知をだすのでいずれ気がつくとは思うのですが、あるいは、あなたにささやかな抵抗をしていることも考えられますな」

「抵抗ですって?」

「はあ。なにせ有田巡査長は、たった五キロ程度のスピード違反で検挙するので一般市民からもかなり煙たがられています。だいいち、追尾式の覆面パトカーによる交通違反者の検挙は、ただでさえ顰蹙を買いやすいのですよ」

「たった五キロでも、違反は違反でしょうよ。こいつらは警察をなめているのだ。なにせ、検挙した際の目つきが気に入らない」

「目つきですって……? そんなところまで覚えておいでなのですか」

「当然だろうが。私はなめられた際、その相手のことを絶対に忘れたりはしないのだから」

「…………」

ある日の午後。――

有田巡査長の前にそいつが現れた。

――続く。



続きお面妖怪 2

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