――続き


「ここは神聖なるパトカーの中だぞ」と有田巡査長は怒鳴った。

二度三度と加齢臭の漂う中年男の頭をひっぱたいて確認してみたが、相方の吉岡巡査部長はぐうすかと眠っている。

「神聖なるパトカーと君はいうが、その中で人を殺す計画を立てているのはどこの誰なのだね」

「知った風な口をきいてくれるものだ。ならば言うが、死ぬべき人間を死に追いやることの何が悪い。他に無人のはずのこの車の中に、言葉ばかりが木霊していやがる。お前、人間ではないな。姿を現せ」

「それすら恐れぬとは、大したものだ」

「言っておいてやるが、俺は化け物などいっこうに怖いとは思わないのだ。貴様こそこの俺様を恐れているのか。早く姿を現すのだ」

「いいだろう」

「や、その姿――。トカゲのようでいて、手足がない。しかし蛇のようでいて、胴が槌のように太い。いったいどういった生物だ、貴様」

「ひとは我々のことを野槌と呼ぶ」

「なぬ、野槌とは、運よく遭遇すれば、願いを一つ叶えてくれるという、あの野槌のことか」

「イエス」

「ならば今すぐ俺の願いを叶えろ。すぐさま俺に力を寄越すのだ」

「ムムム、苦しい、離せ、こちらとて、そのつもりで姿を現したのだから。ただし、我々にも目的というものがある。まずは私の質問に答えるのだ」

「なんだ、訊ねてみろ」

「慌てるんじゃない。ではきくが、君は警察官のような聖職に就きつつも、その立場にあるべき姿とは真逆の、背徳に満ちた行為を恥ずかしげもなく繰り返している。して、その理由はいったい何だというのだ」

「ア、ハ、ハ、なんだ、そんなことか。どうやら、化け物の世界には隠し事などできないらしいね。だったら、言っておいてやる。俺には罪を犯している意識など微塵もないのだよ。なにせ相手は犯罪者や罪人ばかりなのだから。罪を犯しながらも、人に損をかぶせながらも、のうのうと暮らしている人間に対し、俺は裁きを下して回っているに過ぎないのだ。警察には護れぬ治安というやつを、俺が護ってやっている」

「では君が真の法というのかね」

「そうはいわん。俺はただ不文律に従うのみだ。法など糞くらえなのさ。しょせんこの世は食うか食われるかでしかないのだから」

「すばらしい」

「では、俺の望みを叶えろ」

「いってごらんなさい、ほしいものを」

「力だ、力を俺に与えろ」

「して、君のいう力とは何だ」

「昔、俺の父親が持っていたような力のことだ」

「金かね。それぐらい、何枚でも用意してやろうじゃないか」

「いや、違う。金など、湧いてもいずれ洛陽に枯れて朽ち果てる、落ち葉のようなものに過ぎない。それぐらい、貧乏人の俺とて知っているさ」

「では何が力だというのだ」

「それが俺にも理解できずにいる。ねえ、父さん。力というのは、一体、どういうものなのでしょうね」

「よかろう、私が教えてやる」

「なぬ、本当か!」

「それが君の望みというのならば」

「ア、ハ、ハ、ハ、ハ――。俺はいったいどうしてしまったというのだ。幻覚でも見ているのか。こんな蛇のおもちゃに話しかけたりなどして。俺は天下の有田巡査長様だ。閻魔がこの世の犯罪者すべてに処断を下してやるから覚悟しろ!」

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「おい、有田巡査長。目の前を信号無視で突っ切っていく車がいるぞ。追わなくてもいいのか」

「むろん、追うさ。待て、待て、待て――」

有田が運転するパトカーは、けたたましくサイレンを鳴らしながら、白い車のテールライトに食らいついた――。

――続く