お面妖怪の続き――


9月30日金曜日のトップ記事。

『テロリスト逮捕 ○県警▽署交通課の巡査長 奇跡の生還

9月29日木曜日の午後2時30分頃、パトカーを運転して警邏中の警察官、○県警▽署交通課 有田武雄巡査長が、○県▽市◇町 ×交差点を信号無視で通行した車両を検挙した際、車中からM60機関銃二機と手榴弾十発、他に防弾チョッキ等の軍事用品が数点と、プラスチック爆弾、それに爆弾を起爆させるための起爆剤が積まれたケースを押収した。

有田巡査長がパトカーで追跡した際、被疑者が運転していた車両には、運転手の他に三名乗っており、共に武装していた機関銃で有田巡査長の運転するパトカーに銃撃を加え逃走をはかったが、同氏の捨て身による逮捕術で相手の車はガードレールへと衝突し、逮捕へ至った。その後の調べにより、持っていた所持品や通信機器の記録から、逮捕された犯人は原子力発電所反対の過激派グループの一員である可能性が高いことが判明し、全グループ員検挙のため、SWATと陸上自衛隊を加えた特別捜査班が設置された。

犯人グループを逮捕する際、有田巡査長は銃弾二発を被弾したうえ割れた硝子の破片を浴びて全治二週間の怪我を負った。同乗していた吉岡巡査部長は無防備のまま眉間に一発銃弾を受けて即死。逮捕された犯人は、今回の行動の最終目的や他の構成員については黙秘を貫いており、捜査はこれから本格的に行われる予定でいるが、車を運転していた犯人は、信号無視で逮捕された際、交差点で確かにブレーキを踏んだはずだったと、その当時の出来事を不思議そうに話しているという。』

勇敢な巡査長の快挙に、方々が沸きに沸いていた。

テレビや新聞などのメディアでは、大きな話題の提供を受けて大喜びだった。

警察の上層部では、手柄の獲りあいにあちこちが色めきだった。それに伴い、有田の身辺にも大きな変化が起きた。奇跡の生還を果たした有田巡査長に対し、▽署では署長表彰が贈られることとなった。同時に警察庁長官から警察勲功賞が贈られ、有田は金ぴかの勲章を制服に装着することを許可された。

「いやあ、お手柄だったね、有田巡査長」と、日頃は強引な検挙に苦情が多いことから有田のことを煙たがっていた▽署の署長も、このときばかりは手柄を挙げた巡査長を褒めちぎった。「君はどこか他の警察官とは違うと、常日頃から思っていたのだよ」

などといって。

有田巡査長の手柄により、▽署の署長のポイントも2倍3倍高くなった次第なのであった。

各紙の雑誌社もこぞって有田のことを記事に書き立てた。

ある紙では、先日の一連の出来事を「白昼の銃撃戦」と一面記事に題し、負傷した有田のことを取り上げ、彼をテロから日本国を救ったヒーローとして大袈裟に書き立てていた。またある紙では彼がいかにしてテロリスト達が放つ銃弾の嵐の中を生き延びたのか、独占インタビューを申し込む形で更に話の風呂敷を拡げた。

またとある方面では、先日の出来事をモデルにしたアクション映画の製作話が立ち上がり、有田氏にその監修役を申し込む映画会社もあらわれた。昼のワイドショーでは、彼をコメンテーターとして招く番組も出現するだなどと――気がつけばいつのまにか彼は一躍ときのひととなっていたのである……。

それら全てが有田の意志とは反対のところで話は進捗しているのだった。

いつのまにか、彼の名が世間に知れ渡るにつれ、彼の配属は所轄署の交通課から本庁の広報課へと移動が決まっていた。

無試験のまま二階級あがったのは、まさに異例の人事であった。

彼が依頼され手取り足取り指導を受けながら書いた、事件捜査全容の手記は、有田の意志に反し跳ぶように売れた。手記の中で彼はまるで主任の捜査官のようであった。もちろん依頼により、そのような描写で描くこととなった次第である。

映画のCM出演に承諾したのは、警察の広報課としての仕事だと上司に説得されたからであった。

名前が売れるにつれ、有田の元に国会議員への立候補の話が舞い込んでくるようにもなった。

ある日、有田のもとに現れた主民党に在籍する某有名議員の秘書と名乗る男は、有田にこのように申し入れた。

「有田さんほどの知名度とそれに伴う正義の好印象があれば、選挙は怖いものなしです。いかがでしょう。これまではいち警察官とし、行政官として法の番人を務めてきましたが、これからは立法を手にかける立場で国を守るというのは」

「いえ、私はそんながらでは……」

「何をおっしゃいますか、有田さん。今こそがトラ、トラ、トラ、ですよ。なにせ、あなたは今、脂がのりにのった人物ではありませんか――」

いつからか何かが違ってしまったような気がしているのだが……。これでは個人行動の自由が一向にききやしない。



そんなある日のことだった。

――続く。



お面妖怪 5

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