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大阪福島(キタ圏内)にある豚の鍋と串の居酒屋「とん彩や」スタッフが描いている不動産ものミステリーっていうか、サスペンスの挿絵。山林分譲や底地買い、国土法逃れの手口等、経済もの小説の要素も濃くあり、ピカレスク的風合いも色濃い小説。その挿絵。くらきかお

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二十代で億の金を操れる人間になる。そればかりを考えて突っ走ってきた。昔住んでいた襤褸アパート。あそこの床が抜けるぐらいの大金を稼いで持って帰り、いつかお袋に広い庭と女中が一人ついた一軒家を買ってやるのだ。

親父は本宮がまだ五歳の頃、幼い妹と腹に子がいる母親を残し、ある日突然蒸発した。自分の女房が内職をして稼いだ金を酒や博打に遣い込み、酔って帰ってきては夜中に怒声を上げながら身重の女房の腹を足蹴にするような男だ。蒸発などせずとも、いつかお袋の方から愛想をつかせていたに違いない。もしかすると、お袋は親父のことを殺してしまったのかも知れない。だとしても一向にかまいはしないが。

大学はおろか中学すらろくに出ていない本宮が億の金を掴むためには、ヤクザにでもなるかあるいはプロボクサーになるしか選択肢はなかった。はたまた役者になるか、あるいは芸人にでもなるか。いっそのこと作家や音楽家になるといった選択肢も良さそうだった。だが楽器や言葉を習うにはそれこそ金が要る。

賭博場で知り合った運送会社を経営している男の誘いに乗り、一時トラックの運転手をやっていたことがあった。運転免許は学校へ通う金がなかったから、暫くの間無免許でやり過ごした。やがてそのへんに停めてあった乗用車を盗んで練習をし、運転免許の試験には一発で合格した。トラックに乗ってからはそこで一番を目指すために大型と牽引の免許を獲るところまでいった。だが生活は楽になるわけではなかった。なにせ、妹二人を学校へやろうと思えば、もっと金が要った。一人目の妹は看護婦にし、二番目の妹は当時はやりの美容師にする。それが父親代わりを務めた本宮の目標であり、母の望みでもあった。どちらも授業料が高かった。それなりの金が要った。

お袋は大した商売人だったと本宮は思っている。だが駅の構内で靴磨きをしたり、一本一銭もしない煙草や一個一円にも満たないタコヤキを女手一人売り歩いてみたりしたところで、金など儲かるはずもなかった。親子四人が四畳半の部屋で身を寄せながら寝食を共にし、ただ生きていくだけで精一杯の生活だった。だが母は本宮が独り立ちできるまで捨てずに育ててくれた。母にはいつか仕事などせずとも食っていける生活を与えてやりたかった。最高の老後をプレゼントしてやり、産んで良かったと涙で目玉が削げ落ちるほど感動させてやるのだ。

結局、最後にはやくざな商売を選んだことに違いはなかった。善人よりも悪人の方が出会ってきた人間の数は多かったと本宮は自覚している。その中でも藤谷幸一郎との出会いは衝撃的だった。彼との出会いが本宮の人生を変えたといって過言ではない。本宮には、ネクタイを締めた仕事に憧れた時期があった。油にまみれ薄汚れた作業着姿の自分と背広姿のサラリーマンを見比べて、鏡のようにぴかぴかに磨かれたデパートの硝子戸を、穴の空いた安全靴を履いた足で思い切り蹴り砕いてやったことなど数えればきりがない。

藤谷幸一郎は、とらえようによっては死に神のような男だった。だが、本宮のような男にとっては救いの神となりえた。金の亡者の手足となって働き、そいつから知恵だけを盗んでやる。そうやって数年が経った頃、本宮には商売の妙というものが解り始めた。人が真に欲しがっているものを商うか、不要な物であれいかにしてそれを人に欲しがらせるよう仕向けるのかが商売だ。簡単なことだった。そして単価はでかいに越したことはない。なにせ単価がでかければ効率がいい。だが本当に大切なのは理屈などではないようだった。どうやら一夜にして富を得るには、その鍵は特需が産まれる瞬間を嗅ぎ分ける嗅覚の他ないらしい。

金のためならどんな労も厭わなかった。その一点についてだけは藤谷幸一郎と波長があった。静子と出会ったきっかけも幸一郎にある。人を騙してでも銭の儲け方を教えてくれたのも義兄だ。だから感謝している。だが金そのものが目標だった義兄と自分とでは根本的に目指している生き方がどこか違った。だって、金など、真に欲しい物と換えられなければ、ただの紙くず同然ではないだろうか。稼いだ金を何に遣い、そしてそれは一体誰のためなのか。それが明確でなければ、自分が生きている価値すら見失いがちになるのが人間というものではないだろうか。

仕事を覚え、成果をあげればあげるほどすれ違いの生じる義兄との関係に、一時は酒を欠かせぬほどくよくよと悩んだ時期もあった。だが、考えてもみればもとより黙って人に使われてばかりいる性分の本宮ではなかった。ただ、兄どころか父親にすらろくに構ってもらったことのない境遇に育った本宮が、一まわりほど歳の違う義兄でかつ師匠とも呼ぶべき存在から腕を見初められ、銭儲けの手ほどきを受け、そしてあまつさえこと人に対しては極度の吝嗇で通っていた守銭奴から人一倍多く給料を頂いていたせいか、少しばかり甘えが生じていたことはたしかだった。

授業料ならあとでまとめて返してやるつもりだった。なんなら、これまでに貰った給料を全額返してやってもかまわない。それも、たっぷりと利子をつけてだ。

大勢の人の前で頭をはり、商売なんぞをやっていると、外からも内からも人の邪な感情が止めようのない土石流のように押し寄せてくる。今なら悪党と呼ばれた藤谷幸一郎の気持が少しはわからないでもない。死ぬまで悪党を貫き通したことを誰かが褒めてやらねばならないのならば、その役を買って出てやっても構わないとも思っている本宮であった。だが、生きている内は、寸でのところで本宮とはモラルが違った。いい、忠? 騙していい相手は悪党だけなのよ。善人からはより多くの支持を得なくてはならないの。人に騙されて泣きながら返ってきた本宮の母が、涙に腫れた目を擦りながら、何度かそんな風なことを言って自分を慰めていたことを今でもよく覚えている。本宮はその意見を今でも支持している。

しかし、だからといって母のような生き方ばかりを真似していたのでは、守るべき者を守ることなど出来ない世の中だった。なにせただ馬鹿正直を貫いていたのでは金など貯まらない。伊賀の田舎を飛び出し独立を果たした当時、本宮には長男の慎一が生まれたばかりの頃だった。昭和四五年。子供の頃にはまだ戦禍の傷跡が生々しく残っていた大阪の景色もすっかりと様変わりをし、時代は高度経済成長期のまっただ中にあった。

あの時代の不動産にまつわる特需といえば、一つには鉄道会社が沿線を拡大し、利用者を募るために案じたニュータウンの開発ラッシュを上げることができる。夢のマイホームを求める人たちをエンドユーザーに煽った新事業が、日本各地に拡がり郊外の地価をいたずらに高騰させる要因を招いた。その結果、本来ならば二束三文の値にしかならない山林の土くれが、瞬く間に十倍の値で売れる砂金の塊へと化したのだ。

 更に、戦後から止まることを知らずに成長していく日本の経済とそれに伴い押し寄せるインフレの波が、不動産を所持することに投機的意味合いを帯びさせ続けた。もともときこりだった藤谷幸一郎は、山を持っている知人や仲間に声をかけ、松茸山を案内する観光事業を始めたことをきっかけに不動産の世界と深い縁を持った。ある日山を案内していた客から不動産への投機事業の話をもちかけられ、その後まもなく仲間を裏切り無断で山を売りさばいた。客はたくさん抱えているが商品となる土地がない。持ちかけられた話は確かそんな感じのペテン話だったそうだ。藤谷幸一郎の動きの速さは、まるで当初からそういった話が舞い込むのを誘っていたかのようであった。つまりいわゆる山林分譲が稀代の地面師藤谷幸一郎の端緒となった。――続く。

つづき(ジャンプしない場合はまだ更新されてないよ!)


サスペンス小説 「昏貌」 目次



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