月は雲に隠れそうだ。照る照る坊主は明日の晴れを祈るもののはずなのに、どこか物憂げだ。吊し紐もどこか苦しげに見えるのは何故だろう。19

――続き。本宮が藤谷幸一郎と出会ったのは、彼がちょうど大阪への侵出を目論んでいた頃のことだった。藤谷幸一郎が執心していたニュータウン開発は、本来都心部に乱発しつつあった市街地再開発による副産物に過ぎない。高度経済成長が都心部を成長させ、時代がより多くの人に住まいを子育てのしやすい新しい住宅地を選ばせるよう(いざな)ったのだ。時代というよりも、それは人為的なものだったに違いないと本宮は思っている。だが人々はそれを確かに望んでもいた。

都会と田舎では不動産にまつわる特需の種類が根本的に違った。それに、動く金の桁も一つや二つは違う。藤谷幸一郎もそれを知っていたからこそ大阪に拘ったのだろうが、人には向き不向きがある。山猫のように執念深い義兄も、都会の流儀とは水があわなかったのだ。破産ものや事件ものの案件をいくつか握って帰りはしたようだが、人員を抱えて腰を据えるには、藤谷幸一郎にとって大阪は土地勘がなさすぎた。刻一刻と各地から雑多な人が生活を求め出入りする大阪の街と、バス停の一本から深い山奥の隅々まで知り尽くしているとはいえ外部からの影響をプラスになる範囲でしか受けることのなかった伊賀の地とでは、まるで勝手が違ったのだ。変動の激しい大阪の地に居るにあたり、情報の仕入れにひたすら金がかかり続ける状態を藤谷幸一郎は最終的に嫌ったに違いない。

一方、本宮忠は大阪の街に生まれ育ったゆえ、若くあれ情報の面では藤谷幸一郎との間にも僅差が生まれた。

旧い人達が出ていった街の跡地には、新しいマンションや超高層ビルがまるで一番乗りを決めたかのような顔をして容赦なく建ち並んでいた。戦禍を免れた古い建物は、徐々に街から一掃されてゆき、戦時に爆撃を受けた跡に立ち並んだバラック小屋の数々も不思議と徐々に姿を消していった。旧い人たちが街を去り、更に多くの人が街に訪れる構図ができあがっていく。その背景には、さらなる復興そしてさらなる発展という名を冠した人間の欲が隠れていた。市街地の再開発という名目をかかげ、街は更に高さと光りを増していった。そしてかつては惜しまれたはずの貴重な資源が金と引き替えにまるで湯水のように費やされていった。果てのない消費に支えられた経済は更に助長されていく――。

大阪の上本町に事務所を構えた本宮は、夜な夜なキタやミナミそれに北新地といった繁華街に顔を出し、ホステスに金を握らせては自分の噂をばらまかせた。破格の手数料で前さばきを引き受ける若造が現れた。一匹狼だから経費が少なくて済む。その上ひどく律儀な男らしく、仕事をくれた相手への謝礼はきちんとはずむそうだと。

近づいてくるのは大半が仕事にあぶれた二流の弁護士か三流の司法書士ばかりだった。他には女に入れ込んで会社の金を使い込んだ銀行員や、博打で下手を売ったファイナンス会社の支店長クラスの人間。どれも大手に務め、それなりの地位に就いている人ばかりというのだからお笑いぐさだった。だが、そういう雑魚がいるからこそ、それを食らって生きる鮫や鯱が悠然と大海を泳いでいられる。

ある日、一人の男が本宮の前に現れた。外資系の石油元売り会社に勤めている会社員で、名前を柳瀬といった。本宮よりもたった十ばかり上の人間に過ぎなかったが、関西圏内のスタンド新設を全て任されている男で、素性も確かなようだった。出身大学は知れたところだったが、海外生活が長かったおかげで英語が達者だった。塗料を扱う会社に身を寄せていたが、ある日本来の雇い主が石油の元売りに会社を吸収され、そのまま石油業界にどっぷりと漬かり込んだ。

柳瀬の話によると、京都の八幡で新たに工業団地が建設されるらしく、その話に柳瀬の会社も新設のガソリンスタンドとして参入する予定でいるのだが、デベロッパーが連れてきた不動産の開発業者に力量が足りないのか、それとも余程のハードネゴ案件とでもいうのか、近隣住民の同意と同時に排水に関する水利組合からの合意がとれず、都市計画法上の問題をクリアできないでいるのだという。ゆえに、開発許可がとれないでいる。開発許可がとれない以上、参入店舗各社は商いができるはずもなく、実入りのない状態のまま空家賃を払い続けるしかない。

このままでは拉致があかないとみて、最大手である柳瀬の会社が指揮を執り、外部からテコ入れをするためにいい人材を探しているのだが、柳瀬が辿り着くのはどいつもこいつもまだ結果も出ない内から経費だの手数料だのを請求してくるような素人ばかりで、肝心な商談が一向に前に進みやしない。

出入り業者にしてみれば、でかい金が動いているように見えるから欲が先に出てしまうのだろうが、ガソリンの業界は一リットル売って利益が五円あるかないかの薄利な世界なのだ。地価は高騰しつつあり、経済は発展の一途を辿っていることは確かだが、米国を知る柳瀬から見れば、日本は経済的に未熟な国なのであった。

何がどうあれ、柳瀬から話だけを聴いた段階で、本宮はあくる朝から動き出した。生の損得勘定が働いている近隣住民を相手にするには少々コツが要る。柳瀬の話を反芻してみると、同意が必要な近隣住民達を説得するために多額の手数料が出入り業者に支払われている。では、自分たちが同意せねば開発許可をとれないことを知っている彼らは、本宮にいわせればきっとこう思っているに違いないのだった。「手数料を貰うことしか考えていない業者に大きな金を払い続けるぐらいならば、その金を少しは自分たちにまわしなさいよ」と。「そうしてくれりゃぁ、すんなりと同意の判子をついてやろうじゃないの」。

本宮は本来ならば何の役にも立たない自筆の委任状を片手に、関係している近隣住民の一人一人に接触し、逆に工業団地の開発に参画している事業主達から金をせしめ獲るスタンスで交渉をすすめることにした。

彼らの前で本宮がこう言う。自分が工業団地の開発に関与している事業主達から幾らかせしめてくるから、それを皆で山分けしようよ、と。それが実現しそうなら判子を押してくださいな。ただし、今は時間が経ち過ぎているせいで、撤退を考えている企業もちらほらと出ているのが現状なのです。計画が頓挫したのでは元も子もないでしょう。これ以上じらしても、結果は悪くしかならないよ。自分も一児の父になったばかりだし、ミルク代を稼がなきゃならないから、早く実入りが欲しいのだ。なに、誓って悪くはしないから、騙されたと思って、この話を自分に一任してくださいな、と。

その後一ヶ月もかからない内に、当時まだ二十代だった本宮は、五十世帯二百人以上にも渡る近隣住民からの同意を一筆残らず得たのであった。

 当時すでに全国に三00カ所以上もスタンドを構えていた石油の元売り会社から腕を買って貰うには、これがいいきっかけとなった。――続く。


昏き貌 20話

火曜とん彩サスペンス劇場 「昏き貌」 目次と人間関係図


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