大阪福島(キタ圏内)にある豚の鍋とやきとん串がおすすめのグルメな居酒屋「とん彩や」スタッフが描いている不動産ものミステリーっていうか、サスペンスの挿絵。山林分譲や底地買い、国土法逃れの手口等、経済もの小説の要素も濃くあり、ピカレスク的風合いも色濃い小説。その挿絵。昏き貌の赤い文字バージョン

25

本宮忠はおよそ山の境界を立ち会うには相応しい恰好とは言えない姿でいる長男の前で束の間立ちつくし、やがて息子の前にしゃがみ込んで彼の膝に付着した腐葉土の欠片を祓ってやった。

慎一は父に履けと手渡された長靴を車のトランクかどこかへ置きざりにしてきたらしい。

「サイズが合わなかったんだ」と本宮慎一は言った。

「どうせならもっとましな言い訳を用意したらどうなんだ」言いながら、本宮忠は不甲斐ない息子を前に溜息がこぼれるのを禁じ得ないでいた。「お前はなぜそうやって人の忠告にまともに耳を傾けることができないのだ。昨夜も言ってやったはずだろう。明日は険しい山の中を歩くのだよと。道のあるハイキングコースを歩くのとはわけが違うんだ。うっかり足を滑らせて谷底へ堕ちれば命を失う危険すらある」

言うと息子は口を尖らせた。

「今更言ってもしかたないじゃないか。俺だってまさかこんな山奥まで来るとは思ってもみなかったんだから」

見ると泥だらけとなった靴を履いた息子の足下で、季節を間違え地上へ這い出た蝉の幼虫が死体となって干からびていた。

慎一は更に言った。「だいいち、今日のこれは株式会社アクティーと藤谷興産株式会社が隣接して所有している山の境界立ち会いだろう。だったら本来俺には関係のない話のはずだ。なぜなら俺は測量士でなければ土地家屋調査士でもない。権利の登記のみが専門の司法書士なんだから。本来ならば、ここにいる義務すらない」

「ならお前は引き返せ。何を勘違いしているのか知らないが、権利の登記ごとき、司法書士でなくとも本来誰にだってできる。今回は本人申請という形で手続きを進めることにしよう」

「ちょ、――」

「ずぼらな司法書士に大切な権利は預けられない。一つ手を抜けば後に大きな仕事を逃す事態を招くのだ。お前にはこれがいい教訓となればいいのだがな」

「長靴ひとつでその措置は酷い」

「問題はその汚れた足下にあるのではない。お前に足りないのはここだ」と本宮忠は胸に拳を当てた。

「なら訊くけど――」と本宮慎一はまだ反論があるようだった。「父さんはここへ来るのに猟銃の用意ぐらいはしてきたんだろうね」

「銃だと」

「なにせこれほどの山奥にまで来ているんだ。熊にでも遭遇したらどうするつもりでいるんだ」

「たわけ息子よ」

まだ半分にも至らないところで行程が膠着している様子を受け、先頭を歩いていた禿頭の岡崎測量士が二人に近寄ってきた。

「おや慎一君。靴の紐が切れているじゃないか。その足下じゃこれ以上歩を進めるのはおそらく無理だ。なにせ道はここから更に険しくなるのだから。引き返すなら今だが君はどうする?」

「引き返すったって、一人じゃ無理だ」

「道順のことなら心配は要らないよ。なぜなら木の幹に境界の目印となる縄を絞めながら歩いてきたのを君も見ていただろう。それを目印に帰ればいいのだから」

「岡崎先生まで俺を悪者扱いするつもりですか」

「悪者扱いだなんて、恩のある方のご子息にそういったレッテルを貼り付けるつもりは毛頭無いしワシに毛はないが、ただ、たかだが境界の立ち会いと仕事を侮った君に非があることもまた事実といわざるを得まい。だいいち君が荷物になるのなら、我々の危険はますます増えることになるのだし。山を舐めると、後で取り返しのつかない事態を招きかねないからな」

「わかったよ。歩く。止まらずに歩けばいいんだろう」

「君はちっとも解っちゃいない男だ」と、いつもは村夫子然としたところにこそ愛嬌を蓄えているはずの岡崎測量士も、このときばかりは丸い眼鏡の奥にあるつぶらな団栗目を尖らせていた。「まず、せめて踝まで包んでくれる靴を履いていなければ、蝮の被害に遭った際、君は足をかるく一本は失うことになるだろう。蝮は本来夜行性で臆病な性質をしているが、妊娠中の雌を侮ってはいけない。腹の子を温めるためにも昼間には日光浴をしていることが多く、そして性格はひどく攻撃的になっている」

「マムシだって?」

「なに心配は要らないさ。蝮による咬傷が原因で死に至るのは、年に十人程度でしかないのだから。なにせ蝮の毒は神経毒ではないため即効性はなく、病院にいけば血清が常に用意されている。しかし、もちろん例外はある。咬傷に罹ってから一時間以内に病院へ辿り着けねば、事態は急変する。まず眼筋麻痺による視力低下を招き、同時に発熱による意識混濁で体は動けなくなるだろう。その場合、途中で行き倒れとなった君を他の人間が誰も発見してくれなければ、君は急性腎不全により暫くの間鈍痛を伴う無尿状態に苦しんだあと、その後に続く大量の出血を伴う血尿による激痛で三日三晩苦しんだ挙げ句、この山の中でやがて朽ち果てて土塊と化すことになるだろう」

「ひえ」

その時、まるで何かを嘲笑うがごとき女の笑い声が高い木立の葉の繁みに鳴り響いた。

「素人を脅かして悦ぶのはそのへんでおよしになったら?」と藤谷令子が岡崎測量士の怪談話を遮るときの声だった。「もう笑うのを我慢できないわ。だって、先生が都会育ちの私たちのために替えの地下足袋を用意してくださっているのを、私は打ち合わせの時点で知っていますもの」

すると岡崎測量士は藤谷令子のえくぼを前にし、年老いた顔に悪戯そうな皺を浮かべながら口元で指を縦にした。

令子は言った。「けどね、先生。私こう見えて、大学時代はワンダーフォーゲル部で女主将を務めていた経歴を持っておりますの。だから慎一さんが迂闊な格好でこの場に参加することは、私にとっても想定内の出来事でしたわ」

言い終えると藤谷令子は背負っていたリュックから携帯していた沢用の地下足袋を取り出し、本宮慎一の足下に広げた。

「さあこれを履いてくださいな本宮先生。これで少しは歩けるようになりますわ。携帯用なりにも内側には足首を固定するための特殊ゴムが張り巡らされているから、たとえ蝮に咬まれたとしても、毒牙が皮膚に到達することはないかと思われますわ」

「これって、礼を言うべきなのかな」

「サイズのことなら心配しないで。学生の頃、侮ってついてくる新人部員のために用意した地下足袋がいくつか家に残っていたの。私も新人部員だった頃は、こうやって先輩に面倒を看てもらったものよ。それに、熊のことなら心配しないで。どうやらこの辺りは松のような針葉樹林が大半を占めているせいか、熊の生息地には向いていないみたい。だとすると他に何か出るにしても、この辺りじゃ猪かお化けぐらいのものでしょうね。だけど見たところ、ここは富士の樹海みたいに自殺の名所ってわけでもないみたい。だって、どこを見わたしても人の遺体なんて一つも落ちていないんだもの」

「…………。」――続く。

つづき(ジャンプしない場合は更新はまだだよ~♪)

ひとつまえの話

♪不動産サスペンス「昏き貌」目次 火曜日にかろうじて更新




大阪福島福島区)のグルメな豚肉料理居酒屋|豚・鍋の天才 "とん彩や"

トップページへ戻る

大阪市福島区福島5丁目10-13
06-6456-1038

安くて美味いの代名詞♪
面白コンテンツ

繁盛居酒屋漫画「とん彩Days」

グルメミステリー「グルメ刑事の居酒屋事件簿」

ギャグサスペンス漫画「くせっ毛10パー☆セント」

ツーリング

ミステリー

似顔絵